1984年10月のパリ・サロンで栄光のテスタロッサが復活しました。今回は512 BBiの後継車としての登場となりました。ピニンファリーナのデザインは一部の伝統を破り、見るものに強い印象を与え、しかも革新的でした。サイドインテークは先代モデルより大きくなり、必然的に長く広いサイドデッキを形成し、これがテスタロッサの際だった特徴になります。
12気筒ボクサーエンジンの発展型には1気筒あたり4個のバルブが備わり、発表当時は生産型スポーツカーに搭載されるもっともパワフルなエンジンとなったのです。テスタロッサは1950年代後半、好成績を収めたスポーツレーシングカー、500および250テスタロッサから由緒ある名前を引き継いだモデルです。
“テスタロッサ”はイタリア語で“赤いエンジンカバー”を意味します。スポーツレーシングカーのカムカバーがレッドに塗られていたことからこの名前がつきました。言うまでもなく現代に復活したテスタロッサのカムカバーもレッドに塗られています。テスタロッサは1984年パリ・サロン開幕の前日、パリはシャンゼリゼ通りに面したナイトクラブ、リドのきらびやかな舞台でデビューしました。翌日の一般公開に先駆けて、プレスとゲストが華やかなプレビューに招待されました。
BBの後継車であるテスタロッサは同じピニンファリーナデザインであり、フラット12をミドシップすることも同じですが、スタイルは大きく変わりました。鋭いウエッジに代わり、はるかにソフトなラウンド形状になったのです。フロントフェンダーは、このモデルのもっとも大きな特徴のひとつである深くスリットが切られたドアに連なります。そのドアは後方に行くにつれ丈が高くなり、非常に幅の広いリアフェンダーにとけ込みます。リアからは、10年以上にわたってフェラーリのシンボルとして親しまれた丸形テールライトが姿を消しました。そのテールを占めるのは全幅にわたるブラック梨地塗装のルーバーグリルで、背後に角形コンビネーションライトが隠れています。
リアが大幅に拡幅され、ドアにボディカラーと同色に塗装されたスリットが切られているのは、ラジエターがサイドマウントされているからです。従ってノーズの格子パターングリルはフェラーリの伝統を継承するためのダミーで、その両端に車幅灯/ウィンカーレンズ/ドライビングライトのコンビネーションライトが位置します。ヘッドライトは角形ポッドに収まるリトラクタブルタイプです。ラジエターをサイドマウントすることにより、ノーズにラゲッジスペースを設けることができました。実用に足りるラゲッジスペースがないのがBBの欠点でしたが、それを克服したかったのです。512 BBiと比べてフロントトレッドは12mmしか広くないのに、リアは105mmと大きく拡幅されました。これで側面図だけでなく平面図上もウエッジシェイプを描くようになりました。
スタイル上、ドライバー側のAピラーにひとつだけ装着されたドアミラーは、論議を呼びました。空力的な断面形状の長いステー2本で支えられる片側だけのミラーは、クルマのデザインバランスを崩していると見られたのです。オーナーの多くはパッセンジャー側にも同じ形状のミラーを追加して“修正”を加えました。1987年のジュネーヴ・ショーに登場したモデル以降、1本ステーのミラーが左右揃って備わるようになっています。取りつけ部位もドアガラスのフロント端部に改められています。
ボディはホイールベース2550mm、社内コードネームティーポF 110 AB 100のシャシーに架装されました。初期型にはロードカーの奇数のシャシーナンバーが、後期型では連番のシャシーナンバーが打刻されます。シャシーの構造はフェラーリの伝統に従ったチューブラースペースフレームとクロスメンバーの組み合わせで、前後サブフレームがエンジン、サスペンション、補機類を支持しました。ボディの主要部分はアルミで、ドアとルーフはスチール製で、右ハンドルと左ハンドル両方が製作されています。テスタロッサはフェラーリにとって10年ぶりにアメリカ仕様を用意した12気筒モデルであり、当初から世界市場を視野に入れて設計されたモデルでした。標準の軽合金ホイールは、フェラーリ伝統の5本スポーク星形パターンで、当初はラッジ製ハブをクロームメッキのシングルセンターナットで固定していましたが、1988年に5本スタッド固定へと改められています。同じ年に、内装の変更も実施されました。テスタロッサからは、ふたたび前後で異なるホイール幅が採用されています。
フロントが8J×16、リアが10J×16で、フロントコンパートメントにスペースセーバースペアタイアが収まりました。ホイールの奥に大径ベンチレーテッドディスクブレーキが備わりました。前後油圧回路は独立で、サーボアシストが備わりました。サスペンションはウィッシュボーン、コイルスプリング、油圧ダンパーによる全輪独立懸架、リアのコイル/ダンパーユニットはダブルで、前後にアンチロールバーが備わりました。
エンジンはフェラーリロードカー初の、1気筒あたり4バルブのフラット12を搭載していました。社内コードネームはティーポF 113 A 000、82mm×78mmのボア・ストロークから得る4943ccの排気量は512 BBiから変わりありません。DOHCはベルト駆動で、初期型BBではアイドラーギアを介していたのに対し、クランクシャフトから直接駆動力を取っていました。
ドライサンプエンジンが5速トランスミッションと一体で縦置きされる点は、BBと同じです。点火システムはマレリのマイクロプレックスMED 120 Bによる電子制御。ボッシュのKジェトロニック燃料噴射を備えていました。ヨーロッパ仕様が390bhp/6300rpm、アメリカ仕様が380bhp/5750rpmでした。
テスタロッサは外観上の変更をほとんど受けないまま、1991年に生産が終わりました。後継の512 TRに引き継がれるまでの7年間生産さたことになります。その生産期間中に、シャシーナンバー53081から91923にいたる7177台が作られました。なお、フルオープンのスパイダーが1台だけ製作されていますが、それはフィアットの会長、ジャンニ・アニエッリのプライベートカーでした。