1994年秋、512の後継車であるF512 Mが発表されました(Mは“モディフィカータ”、モディファイドという意味)。車両全体に抜本的な改良が加えられたモデルで、パワー・ウェイトレシオが向上しました。スタイルも、オリジナルのピニンファリーナデザインの基本を守りつつ、手直しを受けたものです。
ヘッドライトをボディ埋め込み式にしたことで空力特性は飛躍的に高まりました。キャビンも一層エレガントになり、人間工学的な改良が施されました。エンジンにも大きな改良が施され、総合的な動力性能を向上させました。
F512 Mは512 TRの後継車で、1994年秋のパリ・サロンで発表になりました。ちょうどフェラーリがモデル名の先頭に“F”(フェラーリ)をつけると決めたときで、512 TRと同様、5リッターの排気量とシリンダーの数を示しました。
最後の“M”は“モディフィカータ(モディファイド)”を意味しました。テスタロッサシリーズのなかで、もっとも大がかりな変更を受けたのがF512Mで、もっとも生産期間が短く、生産台数が少ないモデルでもあります。
生産されたのは1996年の始めまでで、シャシーナンバー99376から105516にいたる501台が作られました。F512 Mはその後、フロントエンジンの後継車550マラネロへと移行します。
したがってこれはシリーズ生産中もっとも熟成が進んだモデルであり、もっとも希少なモデルにして、フラット12をミドシップした最後の生産モデルでもあります。その起源をさかのぼると25年前、1971年のトリノ・ショーにピニンファリーナが出展した365 GT4/BBのコンセプトカーに行き着きます。
テスタロッサと512 TRの関係と同様、外観上はノーズとテールのデザイン処理が変わり、ホイールのパターンも変わっています。車内も細かい点が変更になりました。以下に主要な変更点を列挙します。
・ステアリングホイールのデザイン
・ギアレバーのアルミノブ
・調整式アルミフットペダル
・改良されたエアコン
・内装の細部
・スポーツシートがオプションになったこと。
そして何よりエンジンが一層改良され、パワー、パフォーマンスともにアップしました。一方、サスペンションにガス封入式ダンパーが採用になり、ブレーキにはボッシュのABSアンチスキッドシステムが採用されています。
先代モデル同様、ボディはホイールベース2550mm、社内コードネーム、ティーポF 110 HBのシャシーに架装されました。シャシーの構造は先代モデルとほぼ同じです。すべてのシャシーに連番のシャシーナンバーが打刻され、様々な仕様に応じて右ハンドルと左ハンドル両方が製作されました。
ノーズのデザイン処理は、同じ年のはじめに発表された355や456 GT 2+2との血のつながりを感じさせます。クロームメッキの“カヴァリーノ・ランパンテ”のエンブレムがつくダミーのラジエターグリルは、355や456GTと同じモチーフで、左右の車幅灯やウインカーランプの形状も似ています。その下には小径の高輝度ドライビングライトとブレーキ冷却用エアインテークが備わります。
もっとも大きな変更はリトラクタブルヘッドライトが廃止になり、ガラス製カバーの下に固定式のヘッドライトが備わったことでしょう。フロントリッド後端部近くに、1組の小さなNACA式ダクトが備わり、改良されたエアコンに空気を送り込みます。リアではブラック梨地塗装のルーバーグリルの寸法が短くなり、2個1組の丸形テールライトが左右に位置します。ここはフェラーリの伝統を踏まえた、レトロタッチなデザインだと言えるでしょう。
512 TRのエンジンリッドでは、一段高い部分とルーバーグリルがブラック梨地塗装されていました。F512Mではエンジンリッド全体がボディカラーに塗装され、一段高い部分から“Testarossa”のエンブレムがなくなり、エンジンカバーのリアリップに“F512M”のエンブレ部がつき、リアデッキに“Ferrari”のエンブレムがついていました。
新型の軽合金ホイールはフェラーリ伝統の5本スポーク星形パターンをベースに、優れたエアロダイナミクス性能を予感させる意匠にデザインしたもので、2ピースタイプでした。フロントが8J×18、リアが10.5J×18、その奥に4ピストンキャリパーつきクロスドリルドベンチレーテッドディスクブレーキが備わりました。前後油圧回路は独立で、ABSとサーボアシストが装備されます。新デザインのホイールは新奇に過ぎると考えるカスタマー向けに、512TR用のホイールもオプションで用意されました。
1気筒あたり4バルブのフラット12ドライサンプエンジンは、512 TRからさらに改良を加えられました。社内コードネームはティーポ113 G、82mm ありません。燃料噴射と点火を統合制御するボッシュのモトロニック2.7も継承されました。一方、クランクシャフトは軽量化され、新型ピストンを併せてコンロッドがチタン製になったことで、圧縮比が10:1から10.4:1に高まりました。これらの変更と、背圧の低い新型ステンレス製エグゾーストパイプが採用になった相乗効果で、512 TRの428bhpから、F512Mでは440bhpにパワーアップしています。これにより先代モデルを上回る加速力を発揮しました。これに見合うようABSつきのブレーキが新しくなりました。なお最高速は事実上変わりありません。