456GTはラグジュアリーな2+2クーペのレベルを新たな高みに引き上げ、1985年の412以来途絶えていたフロントエンジンフェラーリの復活を果たしたモデルでもあります。完全に新設計の65°V12は前例を見ないフレキシビリティとパワーを発揮します。
ピニンファリーナデザインのアルミ製ボディは空力的であるばかりか、室内空間を効率的に利用し、誰の目にもエレガントで、フェラーリのアイデンティティを明快に伝えるものです。人間工学に基づいたキャビンはパッセンジャーにとって快適そのものでした。456GTはこのクラスに新たな水準を設定したモデルだと言えるでしょう。
3年の空白期間を経て、V12 を搭載した2+2がカタログに復活しました。1992年9月、当時のベルギーの輸入代理店、ガラージュ・フランコルシャンが催した同社創業40周年記念行事の席上で456 GTが発表になったのです。
ベルギーの中心部、パレ・デュ・サンカントネールでのディナー会場が発表の場でした。その翌月にはパリ・サロンに展示され一般に公開されます。456 GTはフェラーリが打ち出す積極策の第一弾となるモデルでした。80年代後半に起こった投機熱とそれに起因する異常高値の揺り戻しで、豪華高級スポーツカーの市場は不振を極めていました。
フェラーリは逆風が吹くなか、世界でもっとも望ましい自動車メーカーのリーダー格としてその地位を守るべく、カタログモデルの拡大を果敢に進めます。456 GTはフェラーリの固い決意を形にしたモデルでした。
ピニンファリーナのペンが描いたスムーズな曲線は、あらゆる方面から賞賛を浴びました。とりわけ長いボンネットを特徴とする、伝説的な365 GTB/4“デイトナ”を現代に再現した手腕が高く評価されました。そのボンネットにはリトラクタブルのヘッドライトポッドが収まり、後方寄りに位置するキャビンに連なります。キャビン後方からテールにいたるカーブも“デイトナ”からヒントを得たデザインでした。456 GTのフォルムは素晴らしくモダンながら、フェラーリの歴史に結びついたレトロなデザインエレメントが盛り込まれていたのです。
そこには一見してはわからない空力デバイスが隠されていました。リアスカートの切り欠きに、車速に応じて角度が変わることでダウンフォースを強める電動スポイラーが組み込まれていたのです。当時のフェラーリはどのモデルもそうでしたが、456 GTも最初から世界市場を視野に入れて設計されており、戦略上重要なアメリカ仕様も用意されました。
しかし先代の2+2モデルではATがカタログに載っていたのに対し、456 GTは発表されてしばらくのあいだマニュアルのみでした。デフとファイナルドライブがギアボックス一体にマウントされてトランスアクスルを形成したドライブトレーンにも、“デイトナ”のモチーフを見ることができます。
ボディは、412 2+2より100mm短いホイールベース2600mm、社内呼称ティーポF 116 CLのシャシーに構築されました。フロントトレッドは1585mm、リアは1606mmです。シャシーの構造はフェラーリの伝統に従ったチューブラースペースフレームで、サブフレームがメカニカルコンポーネントとボディを支持します。
すべてロードカー用の連番シャシーナンバーが打刻され、1992年から1998年までの生産期間に、シャシーナンバー96157から111376にいたる1548台が作られました。
ハンドルは右と左どちらでも選ぶことができ、パワーアシストが標準で備わりました。
ボディパネルの大半はアルミ製で、フェランと呼ばれる、ふたつの異なる金属を溶接できるように化学処理を施された特別なサンドイッチ材を挟んで、スチールフレームに溶接されています。一方、前後スカートはコンポジット材から成形したパーツでした。
標準ホイールはフェラーリ伝統の5本スポークの星形パターンで、そのスポークはエレガントな凸型のカーブを描き、5本のスタッドで固定されました。サスペンションは全輪独立で、前後にアンチロールバーが備わりました。ダンパーはドライバーの好みで、3つのモードが選べる可変レート式です。また、リアサスペンションには油圧による自動車高調整装置が備わりました。
この可変レートダンパーは電子制御により、ステアリングの舵角、車速、加速度など、さまざまなファクターをモニターし、あらゆるドライビングコンディションに最適なダンピングレートにセッティングします。ステアリングには車速感応式パワーアシストが備わりました。すなわち、パーキングで切り返しを繰り返す場合などはアシスト量が最大になる一方、スピードが上がるにつれ、徐々にアシスト量は減っていきます。
全輪にベンチレーテッドディスクブレーキが備わり、ATE製のマークIVアンチロックシステムが装備され、フルブレーキング時の停止時間を100分の1秒単位で短縮しました。
インテリアはレザーを贅沢に使ってしつらえてあります。電動フロントシートは、後席のパッセンジャーが乗り降りする際にバックレストを倒すと、自動的に前にスライドしました。リアシートはヘッドルーム、レッグルームともに大抵の大人にとって充分な空間を提供しており、リアピラーによる圧迫感を感じさせることもなく、サイドウィンドーを通して広々した視界が開けていました。
一連のレザー張りスーツケースセットが標準で備わり、トランクスペースを無駄なく活用できました。
電動ウィンドーと電動ミラー、CDプレイヤーつき8スピーカーステレオセット、エアコンは標準装備でした。1996年中盤に、ツインエアバッグが標準装備になり、その際、ドライバー側エアバッグを収容するためステアリングホイールのデザインが変わりました。
全く新しい12気筒エンジンです。社内呼称はティーポ116 B、後期型は116 Cです。456 GTは、1気筒あたりの排気量をモデル名にするフェラーリの伝統を復活させたモデルでもあります。
フェラーリの歴代12気筒は、バンクの挟み角が60度でしたが(ちなみにフラット12 “ボクサーエンジン”は180度V12)、新型エンジンのバンク挟み角は65度です。88mm x 75mmのボア・ストロークから5474ccの排気量を得ていました。1気筒あたり4バルブのDOHCヘッドで、潤滑はドライサンプです。
ブロック、シリンダーヘッド、オイルサンプ、補機類のハウジングはアルミ製で、ニカシル処理を施されたアルミ製シリンダーライナーを特徴とします。点火システム/燃料噴射を統合制御するシステムは当初ボッシュのモトロニック2.7でしたが、1996年にモトロニック5.2が取って代わりました。モトロニックは、エンジン本体の上に位置する、美しい造形の鋳造アルミ製インテークボックスとマニフォールドを介して混合気を供給しました。公表出力は442bhp /6200rpmです。
トランスミッションもやはり100%新設計で、フェラーリのロードカー初のオールシンクロ6速です。重量配分に優れたトランスアクスルのレイアウトを採用しています。トランスアクスルはフェラーリのお家芸で、およそ25年前、275 GTBや“デイトナ”にも採用された実績のあるレイアウトです。